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2012-10

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ヒッチハイクで中国国境を通過せよ!前編。

9/11 キルギス/サリタシュ →(ヒッチハイク)→ イルケシュタム →(ヒッチハイク)→ 中国/イルケシュタム イルケシュタム泊


本日中国国境越えを目指す。なんとかして一日でカシュガルまでたどり着きたいのお。


ということで朝8時前からヒッチハイク開始。これで中国行きのトラックを捕まえて午前中のうちに国境へ、そしたら余裕で今日中にカシュガル着。死ぬほどうまい中華料理がおれを待ってるぜ。ぐふふふ。。。



そして2時間後。



今まで泊まっていたサリタシュ・ゲストハウスの食堂スペースでだべっているtakumiがいた。。。



そう、全く車が捕まらなかったのだ。5分に一回はでかいトラックが通っていたのにすべて華麗にスルー。中央アジアってヒッチし放題って聞いたのに。なんで?
そこで、昨日サリタシュ・ゲストハウスに泊まっていたキルギス人カップルが「明日中国国境に行く」って言ってたっけ、と思い出す。
彼らに頼むとおk送ったげるよとのこと。ふう道がつながった。


このカップルは謎だった。キルギス人なのにお互い話すときはロシア語、女のほうは英語を少し話すけどフランス語がペラペラ。何も荷物が載ってない大きいバンで移動。何故?


国境のイルケシュタムまで1時間、意外と近い。結局彼らはタダで乗せてくれた。誠にスパシーバ。


ここで2時間ぐらい足止めを食らったものの、キルギスイミグレの役人が次のヒッチを手伝ってくれてウイグル人の運転する中国トラックに乗車。運ちゃんは慣れているのか特に驚いたこともなし。
ここから悪路を1時間、中国側旧イミグレに到着。新イミグレはここからさらに離れたところにあると情報で知っていた。


さて中国へ。ラグマン→プロフ→シャシリクの中央アジア的羊メシローテーションから解放されてまいうー中華メシが腹いっぱい食えるだろうし、インフラも整備されてるだろうし、そんなわけで中国入国の何日も前からかなり期待を持っていた。でもその一方ビビっていたのも事実。しかもこの国境は、荷物検査がなかなかめんどくさかったり時間かかったりとかなり評判が悪い。そして反日ムード満点の警察がうじゃうじゃいたらどーする。



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オーラが漂うイミグレ、これぞ中国の雰囲気なのっす



威圧感あふれる建物に入ると、いきなりメガネかけた知的そうな警官から「コンニチワー」と言われた。少なくとも何だよクソ日本人がオラァ的な雰囲気はない。

とりあえず荷物検査。地図とガイドブックとパソコンは取り上げられる。なんでも台湾とか尖閣諸島が中国領になっていない地図があったらそっこーボッシュートとか。別に中央アジアのガイドブックは取り上げられてもいいけど友達から借りたインドのやつはなんかあったら困るよなあ。めんどくせえ。。。


イミグレの中にはザ・田舎の農村の人民の皆様と中央アジア系、そして西洋人カップル。

「おれらベラルーシ人。おいベラルーシってどこにあるか知ってる?」

と上手とは言えない英語で話しかけてきた。ベラルーシ人ですか、初めてお目にかかりますですな。


いいよなあ中央アジアで言語に苦労することないだろうし。でもこれからロシア語圏外、どうするんだろ。。。


とか思っているとガイドブックとパソコンが無傷で返却。んじゃまたヒッチで先に進みまっせ、と言うと警官が言った。
「7月にこの先でトラックに乗った日本人とスウェーデン人が事故って、それからヒッチハイク禁止になった。だから移動したかったら明日のバスに乗らなきゃいけないね。よってあんたはここに泊まらなきゃいけないアルね」


まさかの足止め。でも警官は優しそうな対応をしていたし、ドタバタしてもしゃあないか。


さらにこの警官は親切に両替、メシ、宿の案内をしてくれた。なんかどんどん中国警官のイメージが変わっていきますやん。
城田優似の彼、出身は新疆ウイグル自治区。なんとなくウイグル人は中国警官になりたくなさそうなイメージを持っていたので意外だった。でも彼は漢民族っぽい顔立ちをしていたので、ハーフとかかもしれない。
日本語も勉強しております、ってことで少し日本語でしゃべった。今のところ、反日とかってどこの話よ?状態w




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中国側イルケシュタムの町。ホコリっぽい。廃墟っぽい。寒い。



イミグレがカシュガル側に移ったからか、だいぶ寂れた町のように見えたけど、それでも最低限の食堂、商店、宿はあった。



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人民作業員?@食堂
響き渡る中国語。全く新しい国にやってきたあの新鮮感をビシバシ感じます




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中国初メシはラグマン。期待したほどうまくないや。。。



学校の部室みたいな感じで低い建物にあるドアのいくつかが宿だった。ドアを開けるとオーナーと思われるウイグル人おばはんとキッチン、その奥の部屋に2段ベッド×4とテレビ。ザッルオール。トイレもシャワーもナッシング。どうせ一泊だからいいけど。泊まれるだけありがたや。


何人か中央アジア系が泊まっていた。話してみるとタジク人。また初めてお目にかかりますな民族。
タジク人は中央アジア系民族の中で唯一、トルコ系ではなくイラン系の民族。確かにウズベク人やキルギス人とは明らかに違う顔立ち。顔が細長い。

今回の旅でタジキスタンにも行く予定だったけど、バッチリのタイミングで始まった戦闘で行けなくなったのだ。行った人はみんな絶賛するタジキスタン奥地のパミールの景色。いつ行けるんだろ。。。


それにしても今日一日だけでいろんな民族に会った。キルギス人、韓国人、オージー、ウイグル人、中国人、ベラルーシ人、タジク人。夜にはヒヴァで会った日本人女性とまさかの再会。




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その方とビールで乾杯。ここの標高3000m越えているけど別に高山病的症状はなかったっす。

それにしても日本の発泡酒にありそうな名前だなあ。。。w

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超田舎村サリタシュの超田舎宿。

9/10 キルギス/サリタシュ サリタシュ泊


人口が家畜の数の1/10ぐらいじゃないかと思わせるド田舎村・サリタシュ(サルタシュとも発音)。

宿は一軒しか見つかりませんでした。当然そこにチェックイン。



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「サリタシュ・ゲストハウス」。
一泊250ソム。ネットなし(てか多分この村自体ネット環境ない)。シャワーも多分なし。トイレは離れ小屋のボットン便所。手洗いはそのへんのツボに入ってる水で洗う。停電アリ。なかなか原始的です。

このペット?の犬と羊が人懐っこかった。羊ってのはだいたい知らん人間から離れるものなのに、この羊はズボンとか甘噛みしてくる。癒し系羊です。


「英語の話せるおばちゃんがキルギス遊牧民の生活をいろいろ見せてくれてステキ!」的なレビューを読んで期待していったけど、出てきたのはロシア語とキルギス語オンリーのじーちゃん。と、息子だか孫だかのガキンチョ。
このじーちゃん、キッチンにあるIHヒーターの使い方が分からなかったようでtakumiに尋ねてきました。おいおいこんなんで宿やってけるのかえ。



この村にいくつかチャイハナっぽいのはあるけど、朝飯とか夕飯は絶望的。一日目のランチはなんかよう分からん肉とショボイ野菜のスープを出してくれたけど、2日目に村中のチャイハナをまわって「なんか、食べ物、くれ」と言ってみたけどすべてお断り。ほんっと原始的な村だ。

ということで必然的に食事もこの宿でお世話になります。



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一日目の夕食と二日目の昼食、二日連続でトマト味のマカロニ。申し訳程度に羊肉入ってるのがかすかにキルギスな感じ。
おいおい毎食これだったら発狂するぞいね、と思っていると、



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二日目の夕食にやっと中央アジア伝統料理プロフが出てきた。

これならこれで、作れるんなら最初っから作ってくれYOと思うけど。


この村キルギスとタジキスタンと中国を結ぶ大動脈の上にある村なのに、激しく物資不足状態らしい。


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地べたに布団しいて寝るキルギス伝統スタイル



一日目はそんな原始的宿に一人ぼっちだったけど(例のラエリーはそのままヒッチハイクでタジキスタン方向行っちゃった)、二日目にオーストラリア人とかトルコ人ライダー3人組とか韓国人とか一気にわっさーって来ました。

トルコ人ライダーは中国から来て、これからカザフ経由でロシアに抜けてグルジアから帰還っていうルートらしい。うーんかつて彼らの祖先が馬でやったルートをそのままバイクでたどっている感じだw
中央アジアだったらそのままトルコ語通じるしなあ。トルコ人いいなあ。


イスタンブール近くの大都市ブルサ出身とのこと。

「へ?なんでブルサ知ってんの?」

「だって百万都市でしょ。サッカーにブルサスポルってチームもあるし」

地理とかサッカーの知識があったらこんなときにひじょーに役に立つ。てかこんなときしか役に立たないけどww


でもおれらはガラタサライファンだぜえ、とか言ってた。トルコ人と仲良くなるにはサッカートークが一番ってことはこれまでの経験からよく分かっております。
ほとんどのトルコ国民が注目するらしいイスタンブールダービー(ガラタサライvsフェネルバフチェ)、死ぬまでに見たいなあ。。。



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宿のじーちゃん。あーフラッシュまぶしいよね、ごめんね
それにしてもキルギス帽カッコイイ。




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宿の裏山から




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昭和の東北の寒村農家の子供?




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草原と動物たちの景色はどこをとっても絵になります。


が、この何もない村に2泊するのが精一杯なので、そろそろ中国に向かいませう。

これぞキルギスの景色!草原の真っただ中の村へ。

9/9 キルギス/オシュ →(乗り合いタクシー)→ サリタシュ サリタシュ泊


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ウズベク人が多くてもモスクはキルギス風


オシュは中国抜けの最後の拠点の都市。ここからの中国抜けのルートの選択肢は。。。

①中国・カシュガル行き寝台バスを利用。ラクチーン。でも所要約20時間で約$80、タッカーイ。

②自力で国境越え。公共バスはないのでヒッチハイク中心。メンドクサーイ。でも費用は①の1/5ぐらいで済みそう。


自称ドM系パッカーtakumi、そっこーで②を選択する。
②はヒッチハイク中心とあるけど途中のサリタシュという村までは乗り合いタクシーが利用でき、その村に滞在したかったのだ。


オシュ・アグルマックホテル裏のタクシー乗り場へ。よくわからん車数台とよくわからんキルギスオヤジ十数人がいたが、奇跡的に英語が話せる青年に会って案内してもらった。「街で偶然会った現地人が英語ペラペラでした」ってのは中央アジアではもはや奇跡に近いw

2時間ぐらい待ったのち、オバハン1人+子供3人+イスラエル人女2人で出発。最初は1000ソム(≒¥1600)とか言われたが、イスラエル人がすさまじいドケチ根性(※イスラエル人のドケチ根性は有名。南米では街の最安宿=「ラエリー宿」と呼ばれているほどw)を遺憾なく発揮した結果、750ソム(≒¥1200)に。これでもボられたと思うけど。。。

中東イスラム圏以外どこでも出没するイスラエル人旅行者。集団になると手を付けられないモンスター化すると評判の彼らだけど、takumiが接してきたイスラエル人はみんないい人ばかりだった。今回もパンおごってくれたしなかなかいい印象でした。車内でもドケチ根性が抑えきれないらしく、同乗者のオバハンに
「おい!テメエもちゃんと750ソム払ったのかYO!」
と英語でけんか腰に尋ねてたのには引いたけど。

これからタジク国境方面の山にトレッキングに行くそうな。グルジアにやパタゴニアの山岳地帯にもイスラエル人いっぱいいた。そんなに山にあこがれてるのか。。。
というかこの国イスラム圏なのにイスラエル人が普通に旅できるのね。



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今度のシェアタクシーは道産子オデッセイ



4時間でサリタシュに到着。
たぶんこのあたりもともと草原が広がるだけで何もなかったのだろうけど、キルギス・中国・タジキスタンの三カ国の分岐点にあたるから何とか発展してきたのだと予想。日本でいうと伊勢中川みたいなとこかなあ。え?伊勢中川がどこにあるか分からない??


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まっすぐ行けばオシュ、左に曲がればタジキスタン・パミール高原、うしろは中国・新疆ウイグル自治区




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発展しているといっても人口200人いるかいないかというすさまじい田舎の村。間違いなく人より家畜の数のほうが多い。
そして雪をかぶったパミールの山々がほんとすばらしい。



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草原の真っただ中で出会う人といえば、羊飼いと



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馬乗りだけ。



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大草原の向こうに雪山。これがまさにキルギスのイメージだった。
そこらへんに遊牧民のテントがあって馬乳酒とか飲ませてくれたら完璧だったけど。。。



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やっぱ首都とか観光地以外に行かないと、その国のほんとの姿が見えないもんだって思う。
オシュから中国まで国際バスですっ飛ばさなくてよかった。。。 

ソ連の後遺症についての考察@オシュ。

9/8 キルギス/ビシュケク →(乗り合いタクシー)→ オシュ オシュ泊


2度目のビシュケクは一泊のみ、さっさとオシュに向かう。



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乗り合いタクシー=普通のステップワゴン(右ハンドルw)


ビシュケクからオシュの山岳ルート、交通手段は乗り合いタクシーのみ。乗り合いタクシーていうのは車の状態や乗客の相性によって快適度が大きく左右されるもの。



・・・で今回はどっちもハズレだったみたい。車自体は快適だけど特殊ガラスのせいで車窓が黄土色。いい景色が連発するだけに余計クヤシイ。先週ここを通ったときは夜中だったからゆっくり車窓見たかったけど。。。
そして乗客メンバーは、うしろに泣いてばっかりの赤ん坊、隣にグイグイ自分の領土を食いこませてくる巨漢のオッサン。



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道路の優先度:羊>>>>車



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カメラがおかしいんじゃありません。特殊ガラスなのす




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途中のドライブイン、ランチ時なのに今はこれ(謎の肉とショボい野菜のスープ)しか作れないのよって。食事までツイテナイ

中央アジアあるある:メニューは立派でも結局食べれるものはその中の1/10ぐらいだけだったりするw



所要10時間/1000ソム(≒¥1600)でオシュ。前回は止まらずに一気にスルーしたけど、今回は一泊。
オシュの定番宿といえばオシュゲストハウス。定番だけど南旅館の数段難易度が上の宿で、やっぱり市営住宅群の中の一つの一室になる。歩き方の地図は絶っっっっ対に迷います。行く方はちゃんと調べていかなきゃ痛い目見るよん。このへん雰囲気良くないし。
しかも今回は満室ということでさらに別の部屋を紹介された。

ここで出会ったのがイタリア生まれドイツ在住の大学教授とその旦那さん。この地域のイスラム学が専門ってことで、
「オシュのキルギス語はウズベク語に近い」
だとか
「ウズベキスタン内でもフェルガナ盆地はイスラム色が強い、アザーンも目立つ」
とかなかなかディープなことが聞けやした。


さてこのオシュ、キルギス領内にあるにもかかわらずウズベク人が多数派。なんででせう?この原因はソ連時代にまでさかのぼる。
1924年、ソ連は中央アジアの「民族画定」を実施、民族別の共和国が生まれることになった。
ときの指導者はスターリン。ソ連にとっての脅威は中央アジアで民族運動や独立運動がおこること。スターリンはこれを防ぐための妙案を思い付いた。
「民族居住地域を国境線でぶった切ったら各民族が団結することもなくなるのでは?」
こうしてウズベキスタン領内なのにタジク人が多い地域とかキルギス領内なのにウズベク人が多い地域なんかが多数誕生。ソ連の共和国の国境はそのまま独立後も国境になり、彼らはマイノリティとして取り残されてしまったのだ。
オシュではこれが原因でこれまでに何回かキルギス人とウズベク人の衝突がおこり、タジキスタンは「タジク人の故郷」サマルカンドとブハラの割譲をウズベキスタンに求めている。これはすべてこのソ連の後遺症によるものだ。スターリンは将来こうなることを予想してたのかしてなかったのか。。。

で、ここから大学で学んだこと。一応takumiは国際関係というめんどくさい学問を専攻してるんで。
ウズベキスタン以外の国に多数取り残されてしまったウズベク人、ウズベキスタン政府は彼らをどう扱ったのか?答えは、「あまり関わらないようにするにする」。
なんでもウズベキスタン政府は他国に住むウズベク人とのつながりを強化するより自国の治安強化に重点を置いてるからだそうな。さらにキルギスに住むウズベク人はイスラム過激派とつながっている恐れがあるとして、できるだけ関係を持たないようにしているとのこと。権威主義を突き通すウズベキスタンにとって重要なのは体制の維持、イスラム過激派は邪魔でしかない。この態度のせいで他国に住むウズベク人もウズベキスタンに幻滅する傾向にあるとのこと。

なーんてどう思うかオシュゲストハウスのオーナーに聞けばよかったかなあ。彼はオシュでは多数派/キルギスでは少数派のウズベク人らしいし。


こういう民族のカオス具合が中央アジアの魅力の一つであり、また深刻な問題になっているってことですよん。

ビシュケク帰還。

9/7 キルギス/チョルポン・アタ →(ミニバス)→ ビシュケク ビシュケク泊



これから急速的に中国に向かっていきますが、まずはキルギス南部の中心都市オシュへ戻らなければならない。ここからオシュへ向かうルートは2つ、

①首都ビシュケクへ戻り、乗り合いタクシーでオシュへ。時間も値段も読めるルート。でも今まで通ってきた道を戻るだけ

②イシク・クル湖西端のバルクチへ行き、乗り合いタクシーでキルギス中央部の地方都市ナルンへ。さらにバスと乗り合いタクシーを乗り継いでビシュケク―オシュルート沿いのジャララバード、そこから所要1時間でオシュ

ロンプラによると②のルートはものすごい山の中を通り、景色もいいようだ。観光客も少ないだろうからアドベンチャー的要素もある。ただしナルンからジャララバードへ向かうバスは週2便とのこと。ほかの乗り合いタクシーも時間や値段が読めない。宿も見つかるか分からないし。

ナルン付近にもいろいろ見所がありそう、でもやっぱり交通の便がよろしくない様子。ということでキルギス中央部経由アドベンチャー系ルートは時間があるときにとっておくことにして、今回はそのまんまビシュケクに戻ります。


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途中の町で乗客が必死に魚選んでた


キルギスでぜひ食べたかった料理がベシュバルマク。カザフとも共通する郷土料理とのこと。ってことは遊牧民由来の料理かなあ。
その他のキルギス料理は基本的にウズベク料理と似ております。ラグマンとかシャシリクとかプロフとか。

チョルポン・アタではなんかリゾート客ご用達系高級レストランばかりで、こっちのレベルに合いそうな食堂は半中華系食堂一軒のみ。そこでは食べれなかったけど、ビシュケクのバスターミナル内の食堂で発見。
歩き方の写真には麺に立派な薄切り肉が載っててなかなかウマソーだったけど、


DSC06158.jpg

見た目も味もイマイチ。。。
麺はふにゃふにゃ、肉はラムくっさーい。

あでも中央アジアの羊は基本的に臭くないですよ。ランチの時間が結構過ぎてたからダメだったのかなあ。


DSC06159.jpg
超能力者??


あとは毎度おなじみの南旅館でダラダラしてたので書くことありまへん。んじゃ。

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Author:takumi
関西の某外大を卒業して日本社会の荒波へ、しかしまだまだ旅中毒末期患者。モラトリアム期間をなんとかして延長したい。。。

 

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